【看護師】人手不足の療養型病棟。人手不足が原因での身体的負担や患者様へのインシデントアクシデント等多々あり。そこから学んだ患者ファーストの思い。

【看護師】人手不足の療養型病棟。人手不足が原因での身体的負担や患者様へのインシデントアクシデント等多々あり。そこから学んだ患者ファーストの思い。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
療養型病棟看護師

【当時の住まい】
実家で両親と娘と一軒家で同居していました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
院内託児所があり子育て制度が充実していると感じたため大学病院から転職をしました。
また急性期医療より今後は高齢化社会となるため高齢者看護を学びたいと思い高齢者がメインの療養型病棟の看護師を選びました。

【環境と仕事内容】
子供が長なかったため日勤のみの業務でした。
患者様35名に対し日勤の看護師は5人程度。
ほぼ全ての患者様が経管栄養を行っているため、朝出勤するとまずはお昼の分の栄養剤の準備の確認準備から始まります。
午前中は、医師の診察介助や点滴挿入、その合間にヘルパーさんの手伝いで入浴介助やおむつ交換まわり、昼食が近くなると胃ろうからの栄養剤注入の前の吸引、栄養剤の注入。
あっという間の午前中でした。
午後になると担当の患者様の記録や午前中残った業務な度で少しは落ち着くといった感じでした。

【大変だった時期】
24歳で転職しこの職場に就職。
業務をしっかり任される1ヵ月後あたりから非常に激務でした。




【大変だったこと】
患者様35人に対して看護師5人なので割合的には適当と思われますが、完全受け持ち制ではないため35名すべての患者様の把握をし全員が全員を担当していると言う印象でした。
よって一人ひとりの患者様の状態を把握し看護を行うという事は出来ませんでした。
またヘルパーさんの人数が大幅に少なかったこともあり、本来やるべき看護業務ができず、ヘルパーさんの手伝いに回らなければならないことが多かったです。
(おむつ交換や入浴介助)ヘルパーさんの業務を手伝わなければヘルパーさんより看護に対するクレームが来るため、看護業務を後回しにしヘルパーさんの業務を手伝わなければならない場面が多々ありました。
よって本来やるべき看護業務は時間外で行うことも少なくありませんでした。
療養型病棟であるため患者様はほとんど寝たきりの状態でした。
ベッドから入浴用のストレッチャーに患者様を居城する際にも人手不足のため1人で行うこともあり、患者様も危険ですし介助者も腰や首を痛めると言う案件が続出していました。

【大変だった期間】
私は子育て中、保育園が決まるまでと限定して勤務していたため一年ほどの勤務でした。




【当時の心境】
現在は訪問看護ステーションに勤務しており当時の状況が以上であったことを理解することができますが、当時は療養型病棟と言うものは、これが当たり前と言うような認識もありました。
非常勤勤務でしたが時給も適当であり、身体的にはかなりの負担がありましたがそれを上司に相談することもできずもどかしい思いで勤務をしていました。

【職場が大変だった原因】
一番の原因は人手不足にあると思われます。
特にヘルパーさんの人数が少ないこと、介護福祉士の資格を持った職員が少なかったこと、看護師業務への理解がヘルパー側で乏しかったことなどが挙げられると思います。




【仕事で良かったこと】
ほとんどが寝たきりの患者様であるので会話など1通を図ることができませんでしたが、患者様のご家族からの感謝の言葉や時折見られる患者様の笑顔などがとても支えになりました。
またかなりひどい褥瘡で苦しんでいた患者様が日々の看護師の処置によって改善した時はやりがいを感じました。




【特にひどかった最悪の出来事】
鼻から管を入れて栄養剤を注入する患者様がいました。
その際下がしっかりと胃までで入っているかを確認するため注射器で空気を送り聴診器で音を確認する作業があるのですが、しっかり入っていることを確認するため本来であれば必ず2人でダブルチェックを行ってから注入を行います。
しかしある日、人手不足のためある看護師がダブルチェックを行わず自分の耳のみで確認をし注入をしてしまいました。
直後に患者様はむせ込み数時間後には発熱。
誤嚥性肺炎を発症しました。
その看護師に責任も当然あるとは感じますが、ダブルチェックできる人がいない状況であったことも事実です。
患者様に害のあるエピソードですので、この職場に勤務していて1番最悪の思い出です。




【相談した人・助けてくれた人】
療養型病棟は基本的に中年から熟年の看護師が多く、いわゆるベテランぞろいでした。
私は若年層でしたから、なかなか相談する相手と言うものはおらず、同じ看護学校の同期などに時々話を聞いてもらいストレスを発散していました。

【改善のための行動】
私は若年層で、ベテラン看護師には意見を上げられない、また非常勤なので意見はあげられないとずっと感じていました。
しかし患者様にとって何が最もベストかを考えたときに意見を言わない事は最もよくないことだと考え始めました。
これは間違っているのではないか、こうした方がもっと良かったのではないかと言う意見を上げることで、ベテラン層から見ると「若いのになまいきだ」といった声も上がった事は事実ですが、勇気を持って患者様ファーストの精神を貫けた事は自分なりに努力できたなと感じています。




【現在の状況と心境の変化】
それから約10年が経ちましたが、現在はその職場も研修制度やカンファレンスの機会なども増え、かなり改善してきたと聞きます。
苦い思い出も多々ありますが、それを経て今、患者様ファーストの自分が思い描いていた看護師像に近い形での働き方ができていると感じます。
苦しかった思い出も必ずや前に進むための経験として生きてくると感じます。

【学んだこと】
失敗は成功の元と言いますが、苦しかった思い出も大変だと思い出も、必ず経験として自分の糧になると考えています。



【当時の自分へのアドバイス】
若いから意見は言ってはいけない、非常勤だから意見を言っていけないなどと言う事は決してありません。
看護師と言う同じ職場で働く職種として、まずは患者様が最優先であることを常に意識し看護師としてどのように動いていくか、何ができるかを常に考え行動していくことが重要です。
看護師として働く以上、しっかりと責任を持って業務に当たるべきです。

関連リンク&お役立ちリンクです。




★★燕市の借金返済無料相談/弁護士・司法書士

★★清須市の借金返済無料相談/弁護士・司法書士