大学病院の産科で新卒で看護師として働き、三年間耐え抜いた話。

大学病院の産科で新卒で看護師として働き、三年間耐え抜いた話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
21歳

【当時の職業】
大学病院の看護師

【当時の住まい】
実家の一軒家で祖父母、父母と住んでいた。
私以外は皆カレンダー通りの日勤だけの仕事だったでの、良くも悪くも適度にすれ違う生活をしていた。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
学生の頃に訪問看護に興味を持ち、今後訪問看護をするにあたりより多くの治療や経験を積むために、症例数が多く色々な病気を学ぶことができる訪問看護を選んだ。

【環境と仕事内容】
看護師の仕事は全て行っている状態だった。
看護師30人程度で自分は新人。
比較的元気な理解力が良好の患者さんが多かったが、オペ日やお産があると忙しかった。
三交代だったので、忙しいと日勤も帰れず、日勤で残業し帰った3時間後には深夜の勤務をしていた。
休日も師長に直接休み希望を伝えなくてはならず、師長の機嫌によっては休みが自由に撮れなかった。

【大変だった時期】
専門学校卒業後、3年間働いた。
その後は同病院の他科へ異動になった。




【大変だったこと】
スタッフの若い層と、ずっとその病棟にいる助産師のおばさんの二極化であったため、助産師に都合が悪いことはルールが変わらなかった。
助産師のおばさん達は仕事をしたくないため、仕事も平等ではなく、気をつかったり病棟のほとんどの患者を見なければいけなかったりと業務負担が大きかった。
助産師のおばさん達の機嫌の相手をするのが大変で、納得のいかないことで怒られたり、無視されたりすることがつらかった。
同期の一人が病んでしまい、同期は夜勤を組む人が好きなスタッフになったため、嫌な人は他の同期で一緒に夜勤をしなければならず、さらにつらかった。
現状を医師や師長も理解していたが、言っても治らなかったり師長が注意しなかったりしたので、改善はされなかった。

【大変だった期間】
3年くらい続いた。
元々そこで働いても意味がないなと思っていたため、異動の希望を出して異動した。




【当時の心境】
毎日憂鬱で仕事に行くのは嫌だったし、人間の悪い面ばかり見えて看護師という仕事を辞めたかった。
絶対に涙を見せたくなかったため、病院ではどんなに悔しくても泣かないようにしていた。
唯一同期や先生方と仲が良かったが救いで、よく飲み会をしてその助産師のおばさん達の悪口を言って発散していた。

【職場が大変だった原因】
病院全体で助産師の数が少ないため、昔のように助産師が産科以外の科に異動しなかったことが人間関係に影響したのが大きかったと思う。




【仕事で良かったこと】
患者さん達が仕事ぶりであったり、人間性を見てくれて色んな話ができたことが、とてもやりがいがあったと思う。
手術や化学療法など辛い治療が多い中でも、励ましたり傾聴したりして治療を乗り切り、退院したり外来通院の時に会えたりしたことが嬉しかったり達成感につながったと思う。




【特にひどかった最悪の出来事】
大嫌いな助産師さんと夜勤が一緒の時に、一緒に夜勤の先輩と嫌だねと着替えのロッカーのところで話していたところを、嫌いな人に聞かれてしまいました。
その後、夜勤帯に入り、3人同時進行のお産の人がいて、破水した患者さんが緊急の帝王切開になったり、その他の二人が同時進行のお産だったのにプラスして子供がNICUに入ったりとバタバタしました。
他の科にも応援をお願いして手伝いにきてもらったり、また、その日は手術日当日の患者さんが多かったので、バイタルサインや全身管理などが忙しく、休憩も記録も出来ず朝を迎えました。
朝に病棟内のカーテンを開ける暇すらなく朝を迎えましたが、今となっては忘れられない出来事になっています。




【相談した人・助けてくれた人】
逆に忙しかったおかげで嫌いなスタッフとはあまり一緒の時間を共有しなくて良かったのがいい点でした。
最悪な中でも当直医が仲の良かった先生であったり、NICUのスタッフが以前一緒に働いたことのある人だったので、愚痴をこぼし聞いてもらったり助けてもらいました。

【改善のための行動】
ただ一生懸命働きました。
働きぶりや人柄を見てたいていの人は味方になってくれ、私のことを嫌いな人は相変わらずでしたが、特に相手にしませんでした。
相手にしても無駄だと思ったからです。
結局その後、他の科も経験したことで、嫌いな人が私自身にごまをすってくるようになりました。




【現在の状況と心境の変化】
それから13年以上経ちました。
仕事は大変になるばかりで転職しましたが、消化器や脳外科病棟で働いたことで、他の人から一目置かれるようになりました。
経験があるため、転職や単発のバイトをする際も有利になっています。
仕事が忙しく体調を崩したり、私生活は終わっていたので、私生活をもっと充実させて健康にも留意していきたいと思います。

【学んだこと】
石の上にも三年、この言葉だと思います。
私自身の仕事ぶりや人柄については周りの人が段々と理解してくれるんだなと思いました。



【当時の自分へのアドバイス】
全てを受け入れず、問題だと思ったことは声に出して良かったのではないかなと思いました。
当時は口答えするように取られるのではないかと思い何も言いませんでしたが、先輩によっても言うことが違い、それに翻弄されることが多々あったため、意見するべきだったかなと思います。
あとは辛いということを、師長などの上司に伝えるべきであったと思います。