【看護師】新卒で入った大学病院。まともに有給を使わせてもらえない、家で書類作成、休みの日も電話がかかってくる等ブラックだった話。

【看護師】新卒で入った大学病院。まともに有給を使わせてもらえない、家で書類作成、休みの日も電話がかかってくる等ブラックだった話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
25歳頃

【当時の職業】
看護師。大学病院勤務。

【当時の住まい】
近くのアパートで独り暮らし。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
もともと通っていた大学の、付属の病院にそのまま就職した。
理由は、たいして就活をせずに済むので、楽だったからというものだった。

【環境と仕事内容】
大学病院の救急病棟勤務。
緊急入院の患者の受け入れや、重症患者をみていた。
院内でコードブルーがなれば、走って駆けつけなければならなかった。
休みに関しては、夏休み休暇等もとれて、比較的年間休日数は多い病院だった。
不定休。
寮は病院内に1つと、2駅ほど離れたところに1つで合計2つあった。
狭く、壁は薄い。
給与は、夜勤を月5回ほどすれば25万程度、夜勤専従をして月10回すれば30万程度稼げた。
ボーナスは年2回で90万程度。

【大変だった時期】
新卒で入職し、最初からずっと大変だった。
3年働いた。




【大変だったこと】
有給はどれだけ持っていても、希望を出しても使わせてもらえず、師長の都合の良い希望もしてない日に勝手に使われていた。
退職するときも人手がないからとほぼ使うことができず、捨てることになってしまった。
休日でも病院から確認の電話などが平気でかかってくるため、気が休まらない。
突然看護師長から電話がかかってきて、呼ばれることもあった。
病棟の方針で研修に行っても、その研修費は一切出ないし、残業代は出ないが研修で休みの日に病院に行ったり、残ったりすることもざらにあった。
提出書類も多いため、業務外の時間をかなりとられた。
家でパソコンでまとめなければいけないことも多く、とても辛かった。
具合が悪くても、人手が足りないからとにかく仕事しろ、という病棟で、妊娠中切迫になり入院した人も他病棟に比べて多い状態だった。

【大変だった期間】
入職してから辞めるまで3年間。




【当時の心境】
はやく辞めたい。
3年たったら絶対この病院を辞めると決めていた。
それでも毎日通うのは疲れたし、精神的にも身体的にも負担だった。
重症患者も多かったため、重症をみるのも責任が重く、怖かった。
楽しかったのは、仲いい同期や先輩、後輩とご飯にいくときだった。

【職場が大変だった原因】
看護師長のやり方がなかなかに横暴だったため、それは原因のひとつだと思う。
重症が多いことのプレッシャーについては、そういう病棟なのでしょうがない。




【仕事で良かったこと】
やりがいがあったのは、重症で、もうダメかも、という状態から患者が徐々に回復していったとき。
回復して、もう救急でみる必要もないからと、一般病棟にその患者が転棟するときは、嬉しかったし達成感はあったと思う。




【特にひどかった最悪の出来事】
勤務交代時から受け持っていた患者のうち2人が急変しかけていて、呼吸器つけたり検査に連れて行ったり急変対応したりしながら、医師とともに看護師は自分1人でその状況に対応していた。
その状況で新人看護師にこれはどうすればいいか、ルートがとれない等、今でなくても、私でなくても良いことで声をかけられまくっていた。
さらに、看護師長には、そのとき私が受け持っていた重症患者の、ICUへの転棟の時間調整を相談もなく勝手にされた。
しかし私は検査で下に階に降りていたためその時間に間に合うわけもなく、結果ICUの看護師に文句を言われ、もう絶望的だった。
新人さんもいくら私がその日のフォローとはいえ、今は対応できないから他の人に相談してほしかったし、ICUへの時間調整は自分でさせて欲しかった。




【相談した人・助けてくれた人】
同期や後輩、先輩の仲のいい人たちに、愚痴った。
ひたすら愚痴った。
話をひたすら聞いて共感してくれるだけで助かった。
また、後輩の1人が自分は今手が少し空くからと、新人さんの面倒を代わりにみてくれたことがありがたかった。

【改善のための行動】
効率よく動けるよう、とにかく優先順位を頭の中で整理しながら、同線も考えて動くようにしていた。
救急はスピード勝負のときもけっこうあるため、とにかく頭と身体をフル回転させていたが、無理!となることももちろんあった。




【現在の状況と心境の変化】
あれから2年。
訪問看護に転職したら、ものすごく穏やかな生活になった。
給料がさがったことがとても辛いけれど、QOLは上がった。
夜勤もなく、残業もなく、研修が多いわけでもない、人間関係も良い、とても働きやすい職場になった。
有給も自由に使わせてくれて、休みたいときに休める、具合が悪い時は帰ることができる、という素晴らしい環境になった。

【学んだこと】
辛いことはいつか終わる。
転職では、自分が何を重要視するか、順位付けして動くことが大切。
大変だったけど、良い経験にはなったと思う。



【当時の自分へのアドバイス】
がんばれ!今は辛いかもしれないけど、救急で3年頑張った意味は知識的な意味でも、技術的な意味でもあったよ。
いろいろテンパることも多いと思うけど、大丈夫だからできるだけ落ち着いて行動してね。
有給使わせてもらえないとか、ほんとありえない職場だとは思うけど、3年たったらちゃんと辞められるから、頑張ってすごしてください。