東日本大震災の年に入職した新人看護師の苦労話。お礼奉公と云う名の切れない円で結ばれてしまった看護師の末路。

東日本大震災の年に入職した新人看護師の苦労話。お礼奉公と云う名の切れない円で結ばれてしまった看護師の末路。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
21歳

【当時の職業】
総合病院で病棟勤務。正看護師

【当時の住まい】
実家の一軒家で両親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
学生時代に就職した病院から奨学金を貰っていて、そのお礼奉公の為就職した。
お礼奉公期間は、3年間の約束で就職。

【環境と仕事内容】
私がいた病棟は主に内科、婦人科、腎内科の混合病棟でなんでもありの環境だった。
3交替勤務で2チームに分かれていて、1チームの人数は約10〜12人だった。
当時の昇給は年間800円程だった。
10年いても基本給は20万にならないとボヤいていた先輩もいた。
入職時の基本給は168000スタートだった。
公休が8日しかない月もあった。
3交替で準夜の次の日は公休を付けられて、その次の日には深夜をつけられるのがスタンスだったため、間の公休はないようなものだった。

【大変だった時期】
看護師1年目で、当時同期は4人いたがみんな配属病棟がバラバラで凄く孤独で、周りに相談出来る仲間がいなかった。




【大変だったこと】
20代の先輩たちは比較的優しく、新人にも理解があってとても優しかった。
が、30過ぎて独身看護師は1番たちが悪く、怖いし、教え方も全然優しくないし、口を開けば自分が新人の頃はこんなに甘くなかったと言われ続けた。
2個上の先輩がプリセプターだったが、プリセプターと仕事を一緒にする事はほとんどなく、夜勤を組まされるものベテラン看護師と2人なのが多く、夜勤は2人体制だったので、8時間気を使いっぱなしで夜勤が本当に嫌いになった。
休みも少ないのに、定時に帰れることは少なく、急患が入れば勤務時間外でも残るのが当たり前。
日勤なのに消灯時間に帰宅はザラでした。
相談できる相手がいればまた違ったかもしれないけど、同期が1人もいない病棟に丸投げされたのは、最悪だった。
私たちが入職したのは、東日本大震災の年の4月で震災から1ヶ月もたってないバタバタした状態での入職だったので、新人研修はほとんどやってもらえず、いきなり病棟に丸投げ状態でした。

【大変だった期間】
お礼奉公が3年の縛りがあったので、3年間は耐えました。
その後はスッパリと辞めてクリニックやデイサービスなどで働きました。




【当時の心境】
なりたくてなった看護師のはずなのに、理想と現実がかけはなれすぎていて、なんのために看護師になったのかわからなかった。
あんなに辛い実習を乗り越え、国家試験の勉強も寝る間を惜しんでやって、やっと手に入れた資格だったのに、最初に働いた環境が悪すぎて、看護師とゆう仕事に将来性も感じれなくなって、向上心も無くしてしまった。

【職場が大変だった原因】
東日本大震災の直後の入職だったのが1番の原因だと思う。
まずスタートが悪かった。
新人研修もない。
何も分からない状態で1人病棟に放り込まれた。




【仕事で良かったこと】
御局様の中にも歳が近い先輩とは徐々に距離を詰めて、休みの日に出かけたり、仕事の後にご飯にいったりカラオケに行ったり出来たことは、この先輩がいる限りまた明日も頑張ろうとゆう自分の中で活力の1つになっていた。




【特にひどかった最悪の出来事】
入職が東日本大震災から1ヶ月も経たない4月1日だったので、病院中が被災者の対応でバタバタしている慌ただしい状態の中で、やっと念願の看護師になれた!とゆう気持ちとは裏腹に新人研修はほぼなく、同期もいないなかいきなり病棟に丸投げされて、右も左もわからない状態でまず食事のお膳を運んで下げるのを繰り返し任された。
確かにこれも看護師の業務の1つなのだろうけど、私が思っていた看護師像とはかけはなれすぎていて、やってる事が看護学生時代と大差なく、本当に看護師になったのか疑問があった。
震災後でバタバタしているなか、スタッフたちの疲れもピークになっている頃の入職だったから、足でまといの新人が1人増えたとこで、周りには歓迎されること無く、肩身の狭い思いを暫くしていた。




【相談した人・助けてくれた人】
1番の理解者は同期でした。
看護学校時代は同じ寮に住んで侵食を共にしていたので、病棟は違えど、丸投げ状況はほとんど大差なかったので、同じ境遇のもの同士愚痴を言い合っていた。
慣れてきて、仲良くなった先輩には色々愚痴を聞いてもらったりした。

【改善のための行動】
とりあえず自分を押し殺すのが第1歩でした。
先輩看護師を怒らせないように上手く立ち回るのに精一杯であの時期は本当に良いように使われて、失敗した時は凄い剣幕で怒られて。
また御局様の機嫌を取っての繰り返しだった。




【現在の状況と心境の変化】
やはりスタートが悪かったのは今でも引きずっていて、あんなに努力して、辛い実習にも耐えて、国家試験の勉強も頑張ってやっとなれた看護師だったはずなのに、
人のために尽くしたいとゆう気持ちが薄れてしまって、現場を離れてはや5年が経ちました。
また看護師として働きたいとゆう気持ちがある反面、女の職場で人間関係をまた1から構築するのも億劫でなかなか踏み出せないのが現状です。

【学んだこと】
1番は自分の後輩たちには絶対怒ったり、八つ当たりしたり理不尽な事を言ったりはしなくなりましたね。
自分が本当に苦労したので、自分の下の子たちは優しく接して、常に声をかけてあげていました。
後輩からの、信頼は熱かったと自負してます。



【当時の自分へのアドバイス】
本当に看護師になって一発目働く場所は本当によく選んだ方がいいと思う。
と言ってあげたいですね。
看護師としてやりたいことがあるならその専門の科がある所に行った方が絶対向上心に繋がるから。
お礼奉公さけなければ、救命救急センターで仕事がしたかった。
初めからやりたい科で働けてれば、今の自分とはまた違う人生を歩めていたと切実に思うから。