【看護師】総合病院の病棟勤務のの実態。魔の3年目に身体、メンタル的にも追い込まれた24歳の話。

【看護師】総合病院の病棟勤務のの実態。魔の3年目に身体、メンタル的にも追い込まれた24歳の話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
総合病院病棟勤務

【当時の住まい】
二人暮らしで彼氏と同棲

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
奨学金が無利子で借りれて4年半でチャラになるから。
(実際4年で辞めたので残りは返した)また、自分が行った専門学校で実習をした時に1番マシだった。

【環境と仕事内容】
病棟で、急性期の治療をしている方の看護。
整形、脳外科がメインで、高齢者が多い。
そのため、認知症の方との戦いだった。

手術出しをして、その後の管理、リハビリまでを行なっていた。
職員はその病棟だけでは、助手3人、看護師日勤が7.8人。
夜勤は5回/月 日勤は連続3回まで。
夜勤は夕方から朝までなので、明けと次の日は休みです。
給料は新人で基本給21万程度。
それに時間外、夜勤一回8000円の手当がついて30万程度になる。
手取りは24万くらい。
寮はない。

【大変だった時期】
専門卒業後3年目で、委員会、後輩への指導、マンパワー不足(人チーム5人で回していたのを辞める頃には3人で回していた)、リーダー業務が始まり、多重タスクでしんどかった。




【大変だったこと】
人間関係はあまりよくなく、お局が陰湿。
自分のことは棚に上げて話をしてきたりする人、相手によって態度が全く違う人などやはり1.2人はいた。
同期はよかった。
同期がいたからこそここまでやってこれたのではないかなと思う。
研修やキャリアアップの試験?は自由参加といいつつ強制。
休みでも病棟会は出なければならない。
有給は40日以上あったが、一年の最低限しか使えない。
しかも、有給が希望休にしていたところに勝手に使われていた。
そして、インフルエンザで休んだ有給が3.4日ありそれを使ったからと謎に辞める時すら使わせてもらえず、31日までフルで働いた。
他の病棟や、先輩たちからもさまざまなブラックな話を聞いたのでやはりやばい病院なんだなと感じた。

【大変だった期間】
1年。
越えればしんどさもなくなるかも。
と頑張ったが、人が足りなさすぎなのと、自分の力不足でしんどかった。




【当時の心境】
残業も、1日2.3時間が当たり前。
帰ったらくたくたで何もする気が起きなかった。
早く辞めたいと思い、上司に言うも、今すぐには困ると辞めさせてもらえなかった。
また、経験年数的にできなければならないと言うことがたくさんあり苦痛だった。
そのなかでも同じ病棟の同期と遊んだり、ご飯に行くことは楽しかった。

【職場が大変だった原因】
病棟勤務が自分には合っていなかった気がする。
頭の回転の速さと行動の速さが必要だがなかなかむずかしかった。




【仕事で良かったこと】
急性期で、整形術後だったり、脳外科の患者さんがメインだったので元気になる過程が目に見えてわかるので、とてもやりがいがあった。
また、緊急なことが起きるとパニックになるが、自分がした対処によって患者が助かったこともあり、嬉しかった。




【特にひどかった最悪の出来事】
病棟でいつも通りの夜勤でのこと。
特に変わりがなかった注入食の方が注入中に嘔吐し、中止して医師に報告。
適宜様子を見ていた。
夜中いつも通り巡回すると何かがおかしいと思い、見ると呼吸停止。
心マをして先生を待ったがDNRの指示によりなくなってしまった。
そして、親族もお兄さんがいたが葬儀は自分が行わないとのことだった。
そのため、元いた施設により葬儀を行うとのことだった。
それをみて、初めて自分には何もできなかった。
と落ち込んだのとともに、亡くなっても家族に囲まれて葬儀をしてもらえるのが当たり前ではないのだな。
と言うことを痛感した。
そこから出来事を振り返り、何か兆候はなかったのか、どうしたらもっと早く気づくことができていたのか。
と考えた。




【相談した人・助けてくれた人】
主には同期たちに相談した。
やはり同じ環境の方が多いので情報交換をしたり、愚痴大会をした。
それをすると、自分だけがしんどいをではないんだな。
頑張ろう。
という気持ちになれる。
家族にも相談して、スッキリした。

【改善のための行動】
同じことを繰り返したりすることもたまにあり、どうしとこうなったのか。
と先輩(プリセプター)と話を行ったりした。
また、日記のように自分の行動を振り返って次回はどうする。
と言ったことを記入したりしていた。




【現在の状況と心境の変化】
それから2年経った。
辞めてしまったので、すごく気分が軽くなってよかった。
元は3月に辞めるつもりが、引き止められ6月になっていた。
なので、産休に入る予定であったが、会社側から辞める段取りがついているので。
と出産前に辞めた。
会社側の事情が優先されて腹が立ったが、それで正解だった。
いまは自宅で専業主婦をしてゆっくりできていて家族と過ごす時間を大切にできています。

【学んだこと】
間違いなく、病棟勤務で看護に関するアセスメント力や技術的なことが身についたと思います。
また、多忙で、患者さんときちんと時間をかけて接することができなかったので、こんどはそういうことができる病院に行きたいです。



【当時の自分へのアドバイス】
当時の自分は人生で1番体力的にも、精神的にもしんどい一年だったと思います。
だけど、間違いなく学んだことも多いはずなので、そのことを生かして次の仕事でも頑張ってほしいです。
また、働いているとやっぱり慣れが生じてきて厳かになることもあるとおもうけど、そういう時こそ、初心を思い出して、頑張ってほしいです。