【急性期病院】看護師に憧れて31歳でICU看護師になった私。そこは休日返上の課題地獄と人手不足で残業続きの毎日でした。

【急性期病院】看護師に憧れて31歳でICU看護師になった私。そこは休日返上の課題地獄と人手不足で残業続きの毎日でした。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
35歳

【当時の職業】
急性期病院のICU看護師

【当時の住まい】
分譲マンションに旦那と2人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
【きっかけ】
看護学生の時の実習先でした。
実習で担当してくれた指導者の方がとても熱心な指導して下さり「こんな方の元で働きたい!」と思ったのが充実先に興味を持ったきっかけです。
【動機】
看護師として初めての就職する先は、急性期病院であること、教育体制が充実していること、家から1時間以内で通えることを条件にしていました。
その全てを満たすのが就職先でした。
【望んでいたこと】
急性期看護の技術と知識を身につけることです。

【環境と仕事内容】
【具体的な仕事内容】
術後合併症の発生リスクの高い患者、心筋梗塞後の患者、人工心肺、人工呼吸器を装着した患者など重症患者の全身管理
【看護師の人数】
約20名
【自分のポジション】
2年目04年目:プリセプター
5年目:チームリーダー、教育担当者、感染委員会
【勤務体制】
日勤:8:15017:45
ロング日勤:8:15019:30
遅出:10:15019:30
夜勤:19:0009:00
上記、シフト制 休み希望3日まで
【休日】
完全週休2日制
【給与】
手取り25万前後(夜勤4回06回)
昇給年1回
【寮】
病院から徒歩2分程に4階建マンションあり

【大変だった時期】
31歳で転職し、この職場に就職しました。
1年目から大変でした。




【大変だったこと】
私は約4年間ICU病棟勤務でした。
特に1年目、2年目が課題が多く大変でした。
毎日A4サイズの大学ノートにその日の業務内容や経験した看護技術を記載それに対する振り返り(良かった点、改善点)などを1ページ分記載し、次の日朝1番で師長に提出していました。
あと病棟独自に作成された疾患学習リストのようなもの(正確な数は覚えていないのですが50項目以上はありました)内容は、高血圧とは?致死的不整脈とは?人工呼吸器とは等です。
それをレポートにまとめて、担当者に提出して、不足分があれば再提出。
その繰り返しです。
休みの日は、レポート作成に追われていました。
1番苦痛だったのは、毎日目標を立てて、朝礼で発表すること、例えば「挿管介助を経験したことがないので、機会が有れば経験させて頂きたいです」等です。
1年目、2年目は看護師になったのに、看護学生のような気分で毎日課題に追われていました。

【大変だった期間】
看護師1年目から退職するまでの4年間ずっとです。




【当時の心境】
特に1年目2年目が大変でしたが、勤務年数が多くなるに連れて責任のある仕事を任されるようになります。
受け持てる患者さんの重症度も上がります。
自分のミスで患者さんの命に関わる
様な事もあると考えると毎日プレッシャーでお腹が痛くなったり動悸がしたりしていました。
それでも、患者さんが回復する姿を見たり、後輩の成長を見たり出来たので、やりがいのある仕事だなと思ってモチベーションにしていました。

【職場が大変だった原因】
ICUは、特に急変が起こりやすい患者さんや重症患者さんが入院されます。
急変や重症管理をするためには対応できるための知識を身につける必要があります。
ICUに問わず、医療は日進月歩なので日々の学習は必須だと思います。
勤務期間中はずっと大変だったと感じていましたが、自分が課題を終わらせるスピードが人より遅いのも原因の1つだと思っています。




【仕事で良かったこと】
後輩指導です。
後輩が成長する為に看護技術をどのように伝えるかを考えたり、勉強会の資料作成をすることが好きでした。
後輩が看護技術を出来ていないと、他のスタッフから「ちゃんと教えてあげてるの?」と注意を受けることがあり落ち込むこともありましたが、そういったことを乗り換え後輩の成長を見ることが嬉しかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
看護師4年目の夜勤のことです。
勤めていた病院のICU病棟は6床でした。
夜勤は3名でやるのですが、その日私は夜勤リーダーでした。
勤務の病床使用率は100%でした。
その場合、医師の指示で押し出し患者というのが決まっています。
押し出し患者とは、その患者よりも重症度の高い患者がいる場合はその患者を病棟に転棟させるということです。
その日の夜勤で3名の患者さんの入院をとりました。
それは1年でも1回か2回あるかの出来事です。
それに加えて私はリーダーで、他スタッフの指揮や医師との連携を取らねばなりません。
私はマルチタスクが苦手でしたし、どんどん指示を出すリーダーシップを図れるタイプでもなく、その日の夜勤は頭がパンパン
で夜勤後はクタクタでした。




【相談した人・助けてくれた人】
悩みは、看護師歴10年目先輩や同期に相談することが多かったです。
看護師2年目で、受け持ち患者さんの重症度が上がりプレッシャーに感じていました。
きちんと患者さんのことを看護出来ているのか不安だった時、先輩がきて「(患者さんを)あなた1人で観ているわけじゃないよ」と言って患者さんの状態を一緒に観察してくれたのです。
その時は、心が楽になって自分もそんなことが言える看護師になりたいと思いました。

【改善のための行動】
日勤リーダーが大変でした。
リーダー業務は、
転棟すら患者さんの病棟とのやりとりやその患者の家族連絡、栄養科、薬剤科、入院受け入れ、スタッフの休憩管理、受け持ち采配等多岐に渡ります。
マルチタスクが苦手なのと、仕事の優先順位を考えることが苦手だったので、関連の本を読んだり1つ1つの仕事を付箋に書いて終わったら剥がすことをしたり、Todoリストを作成したりして頭の中を整理しながら仕事していました。




【現在の状況と心境の変化】
自分なりに努力していたつもりですが、看護師5年目でチームリーダー、教育担当者、感染委員会等の役割が増え、全て同じ熱量でやっていました。
全て自分がやらなくてはと、誰にも手助けを求めることが出来ず、仕事量が多すぎていっぱいいっぱいになり体調を崩して退職することになってしまいました。
退職後、「1人の方とゆっくり関われる看護がしたい」と思い有料老人ホームに転職し、高齢者さんの健康管理をしました。
そこでは、スタッフやご入居者のコロナ感染が発生したこともあり、日々コロナの恐怖に追われる日々でした。
現在は、主婦で、今後どういった働き方をしていきたいか模索中です。

【学んだこと】
任された仕事を抱え込み過ぎず、周りに手助けを求めることです。
私の能力が低いから仕事が終わらないのだと、自分を卑下しないことです。



【当時の自分へのアドバイス】
休めていますか?無理し過ぎていませんか?その課題は今日やるべきものですか?その仕事はあなたがしないといけませんか?誰かに助けを求めることが出来ていますか?
頑張り過ぎず、休日は仕事のことは一旦忘れて好きな音楽聴いたり、本読んだり、好きな映画観たり、息抜きして下さい。
たまにはご褒美スイーツとかどうですか?
自分のことは自分しか守れないですよ!
自分の心と身体に正直に、自分を大切にして下さい。