総合病院の外科で看護師として働き始めて22歳の女子。人間関係がやばすきで、精神的に追い込まれた話。

総合病院の外科で看護師として働き始めて22歳の女子。人間関係がやばすきで、精神的に追い込まれた話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
22歳

【当時の職業】
総合病院の正看護師として勤務。

【当時の住まい】
病院の寮で一人暮らしをしていました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
奨学金制度を利用しており、グループ病院だっため、単科の病院もあったが、総合病院では色々な科があり、経験になると思い就職しました。

【環境と仕事内容】
消化器外科で、一日3〜4件程度の手術をあつかっていました。
救急もあったため、緊急入院も多かったです。
患者さんは、ヘルニアや急性虫垂炎、大腸癌によるストマ立ちあげの方が多かったです。
また、抗がん剤治療も行っていました。
私は、日勤と夜勤をやっており、給料は手取りで25万円前後でした。
夜勤の後は休みはなく、遅番勤務についていました。
寮は、全員同じ病院の人のアパートもあれば、一般の人と一緒の寮もあります。
給料から天引きで3万円〜4万円でした。

【大変だった時期】
22歳で就職し、最初からずっと大変でした。




【大変だったこと】
プリセプターの代が、看護師4年目でしたが、口が悪く呼ばれる時は呼び捨てや「お前」等と呼ばれていました。
師長も同じです。
ミスをすれば、ナースステーションで怒鳴られ、椅子を蹴られたりするのは当たり前でした。
プリセプターの代以外でも、点滴の滴下時間等を聞いた際に自分で考えてと言われ、30分以上何もできませんでした。
話しかけても、無視されたりが当たり前で、辛かったです。
努めて半年くらいは、新人だったため残業は一日一時間程度でしたが、一人立ちしてからは3時間程度の残業は当たり前でした。
受け持ち患者は、多い時で15人ついたことがあり、最低限の業務しかできず、清拭等の日常生活の看護をしてあげることができませんでした。

【大変だった期間】
その病棟に1年半務めた頃、家から出る事ができなくなりました。
外来へ移動しましたが、1ヶ月も続きませんでした。
休職期間も合わせ2年で退職しました。




【当時の心境】
当時は、自分の仕事のできなさ、患者さんに対して何もしてあげられないことに、とても心が痛みました。
先輩たちに教えてもらわなくても、自分でもっと努力して勉強すれば良かったとか、自分が悪いんだと、自分を責める毎日でした。
朝出勤しようと思うと、胃痛や吐き気におそわれることもありました。
それでも、仕事の内容はとても好きでした。
亡くなって悲しくなる時もありますが、元気になって帰って行く姿や、「ありがとう」と言ってもらえることは、人間関係が辛い中での唯一の救いでした。

【職場が大変だった原因】
その当時は、人間関係が悪い、先輩が悪いと他人のせいにすることしかできませんでした。
しかし、今思えば自分の勉強不足だったり、仕事の要領の悪さだったり、自分に落ち度があったのだと思います。




【仕事で良かったこと】
外来に移動になった時、病棟で担当していた患者さんが、受診日でたまたま廊下で会いました。
その時に、私に声をかけてくれました。
「あの時はありがとう。
元気になったよ」
と。
病棟はやめてしまったけど、自分のやったことは無駄ではなかったと、ありがとうと思ってくれてる人がいるんだと思うと、辛い中頑張ってきて良かったと思えました。




【特にひどかった最悪の出来事】
人間関係だと思います。
看護研究があり、私はストーマに対する看護研究をしました。
論文の添削があり、プリセプターに提出すると、ほとんど赤ペンで修正されたものが返ってきました。
「お前は日本語もまともに書けないのか」と。
論文とかは、ほとんど経験がなかったので、できなかったことに関しては、納得しています。
しかし、日本語もできないのか、と全面的に否定されたことが、とても辛かったです。
その後も、それがきっかけで、師長にインシデントレポートを提出した際に、添削してもらい再提出するが、受け取ってもらえず、5回程度やりとりしたと思います。
それが、内容のことではなく日本語の添削でした。
それから、記録書く時も何度も何度も確認するようになったり、同期に文章を確認してもらったりと、提出するのが怖くなりました。




【相談した人・助けてくれた人】
他科の同期にはとても助けられました。
私は、異動するという手段は考えていませんでした。
務めた以上、続けなくてはならないと思っていたからです。
しかし、同期には、「自分の心を犠牲にしてまで、働き続けなくて良いと思う」と言われました。
その時に、とても心が軽くなりました。
結局続きませんでしたが、辞めたことで心も元気になってきました。

【改善のための行動】
言葉遣いや、勤務態度、消化器に関する勉強を頑張りました。
注意されたことは、2度としないように気をつけました。
人より、仕事が遅い自覚はあったので、朝早くに出勤し、その日にある検査のマニュアルを確認したり、患者の情報収集を丁寧に行うようにしていました。




【現在の状況と心境の変化】
それから、6年たちました。
今でも、夢にでてきたりフラッシュバックすることがあります。
しかし、新しい職場で勤めていくうちに、普通の環境ではなかったと思えるようになってきました。
自分を責めてしまう事もいまだにありますが、働いた2年間で得た知識や技術は、今も活かされています。
現在は、優しい旦那さんと子どもと一緒に生活していて、とても幸せです。
子どもが大きくなったら、職場復帰しようと考えています。

【学んだこと】
仕事を、全部自分でやろうと思わないことだと思います。
できないことはできないと発信し、できることを精いっぱいやることが大切だと思います。



【当時の自分へのアドバイス】
あの時は、辞めてしまった事に対し、自分を責めてばっかでしたが、辞める事は逃げることではないと思います。
自分の人生を豊かにするための、選択だと思います。
嫌なことの中でも1つ良いことがあれば、それは今後の人生に活かされると思います。
あの時は、仕事で精いっぱいでしたが、働くことに慣れてくると、プライベートを大事にしたいと思えるようになります。
仕事とプライベートをバランスよくこなしていくことが、大事だと思います。